怒涛の2018年上半期。

今週のお題「2018年上半期」

もう半分、終わっちゃったんですね。
気づいたら梅雨とかいうジメジメした嫌なヤツもログアウトしていて、いよいよ全国氷帝まで2週間です。。。。
平成最後の夏。何をしてたか聞かれたりしたらアラサー女子として確実にアウト。
「中学生テニス部の全国大会の試合を応援しに行っていました」で、終えてしまう…
でももう、なんか、しょうがないですよね…


ということで、振り返り!!!!楽しいことだけ考えて行きたいけど、たまには振り返りも大事じゃろ!ってことです!!!!


2018年の頭のころ、何してたかな~~~。
あ、そうだ。前の会社でメンタルを少し病んでしまったのでお休みしてて、そのままログアウトして、今の会社に転職しました。これが年明けだ~~~~~。
半年、はやいね?!

年末年始はそんな感じでゆっくり時間が取れたから、まだ元気だった爺ちゃんのお見舞いとかボケちゃったばーちゃんの世話を母がしているのでその母の相手をしに、2週間くらい地元に帰っていました。確からぶフェス終わってから帰ったんだったな~。
地元と言っているのですが、個人的に私の実家はどこなんだろう問題がありまして。

おととしの年末に父が亡くなっていて、母は母の実家にいます。私が上京前に父と弟と住んでいた実家は弟が結婚して住んでくれることになったので、どこが実家なんだろう。弟たちがいるけど、あの家が実家でいいのかなwwww

いろいろ考えてしまってめんどくさいので長野方面の辺りをざっくり「地元、実家」って思うことにしています。
約2週間。3食昼寝付きで甘やかしてもらって、元気になって、東京に戻りました。


前の推しさんの出演していた映画の初日舞台挨拶があったので。

はっきり書いたか覚えていないんですけど、前の推しさんからみうら君に推し変をし始めた直接の原因はこれです。

そして、確かその翌日だったかな。
あまりにもメンタルがしんどくて、夜の間にTwitterに張り付いてつはものの東京凱旋チケットを譲渡していただける方を見つけて、行ってきました。
この日初めて兄者からファンサを貰えて、なんかこうはっきりとストーンと落ちる音がした。(あくまでも兄者のファンサだったことは忘れてはならない。REMEMBER ANIJYA…)

そこから、迷っていた自分の方向性が定まって。年下??相手は未成年???恋じゃないんだからそんなの関係ない!と思って。
持っていたかけ隼を譲渡に出してノスワンに切り替えたり、パタリロ陰陽師交換していただいたり。見事な手のひらクルーって感じだった。

ノスワン前に爺ちゃんが亡くなったのも大きかったかな。
一昨年の父の死を皮切りに(?)、父方のおじいちゃん、母方の爺ちゃん(小さい頃は共働きだった両親の代わりに爺ちゃんばあちゃんが面倒見てくれてたので結構な爺ちゃん子だった)、と身内が息を引き取っていて。そのテンションでもののふシリーズを多ステするのはしんどかった。

ノスタルジックワンダーランドがとても楽しかった話はこのブログに散々書いたので割愛。(Nostalsic Wonderland2018のカテゴリをご覧ください~)

 

 

で、三月に陰陽師ですね。あとパタリロ
陰陽師は…うーん、どうなんでしょう。情熱大陸を拝見する限りは売り込みたいコンテンツのようですが、、、、、(ごにょごにょ)
個人的には楽しかったです。たぶんノスワンの後で魔法にかかっていたせいもあると思うけれど。

パタリロは気づいたら初日と東京前楽だけしかチケットなかった。
(前はもっとあったけど幸い(?)前方が多くて、だいたい陰陽師に化けた)
げらげら笑った。楽しかった。


陰陽師パタリロも終わってしまって、陰陽師組は中国に旅立って行って。
そんな最中の4月6日金曜日。忘れもしない。確か10時の解禁で独立、その1時間後くらいには例の件の報道が出ていて。
毎日「陰陽分離の術~~~!出勤するのは陽のわたし!陰の私は家で留守番!」って言いながら仕事に行ってた。世間体を保つために必死だった。

1週間くらい前に見かけたツイートで推しとか熱中できるものは2つ以上持っとけ、みたいなやつがあって、ほんそれ。って思いました。。。。

陰陽師in中国の時は毎日日付が変わるくらいまで起きてて、weiboで感想をあさったり、google先生を片手に現地限定の写真を代行していただける方を探したり、めっちゃ必死だったな…そうでもしていないと、たぶん無理だった。


そこからはレミゼ解禁、ファンイベ当落、全氷解禁、いろいろあったなぁ。


ファンイベは思った以上に倍率が高くて、ぶっちゃけると複数かけて1垢しか当たりませんでした。。。行けてよかった…


イベント自体は1時間ほど、トークメインで司会の方はなし。
ご実家提供のホームビデオ(もしかしたら世代的に大事な一人息子だしもうDVDの世代なのかな…テープとかじゃなくて…)とか、ガチのバレエ(コンクールに出たときのやつで、ネットに残っていないやつ)とか、見せていただいて。幸せな時間でした。
本当に何度も言ってるけど、怪我してバレエダンサーとして線を魅せるには欠陥ができてしまって。そのなかで見つけたプロのダンサーさんというお仕事。そこからお芝居の世界。踏み込んできてくれてありがとう。今の彼を知れたことをとてもうれしく思うし、いずれは誇りに思いたいくらいしっかり応援したいので、全氷、期待しています!



こんな感じで、思ったより後半は現場らしい現場がなくて私にしてはおとなしかったな…と思いました。